最近よく聞くようになった征韓論。

なんかいろいろ難しいことを並べているけど結局のところよくわからない!

と思う人も多いと思いますので今回征韓論について簡単にわかるように説明するとともに征韓論にまつわる人物や歴史的背景なんかも紹介していこうと思います!


・征韓論を簡単に説明!

征韓論(せいかんろん)は、日本の明治初期において、当時留守政府の首脳であった西郷隆盛・板垣退助・江藤新平・後藤象二郎・副島種臣らによってなされた、武力をもって朝鮮を開国しようとする主張である

と書かれているのですがなぜこのようなことになったかというと明治初期といえば日本は近代化に向かって一気に加速していった時代であります。

そのような日本の状態の時に国土国との交わりをしたいと朝鮮に申し込むのですがそれを断られてしまいます。

この申し込みは日本にとっても朝鮮にとってもいいという意見が日本にもありましたので「なぜ、朝鮮は断るんだ?言う事聞かないやつはやつは力で言うことを聞かせよう!」というのが日本の中でも起こりました。

それが日本政府の中枢の西郷隆盛板垣退助らが言い出したことを言います!

ではなぜこの征韓論が唱えられたのか?というのは歴史的な背景や時代背景というのは避けては通れません。

征韓論が唱えられた時代背景とは?

さて征韓論が唱えられたのは明治初期なのですが江戸から明治に代わって一番大きな変化が起きたのはわかりますか?

それはもちろん「武士」というのが無くなったという事です。

武士というのはもちろん何かを守るため、また攻め込むために雇われていたいわば兵隊です。

そんな武士が明治時代になって何をしろと言われたかというと、商業や農業をするしかなくなってしまうのですがあまりうまいこと行く人も少なかったようです。

武士は西郷隆盛や板垣退助などのように政府の役人になれた武士はいいのですが明治時代初期の「武士」の数は300万人以上。

さらにその武士の中でも仕事が何もない武士というのが約200万人。

武士の約66%が何もしていない宙ぶらりんな状態になってしまいました。

そんな武士のの仕事が急になくなるとどうなるかというと「フラストレーション」がたまってしまうんです。

そして何を起こすかというと事件を起こしてしまうんです。

簡単にいうと明治初期はあまり語られていないのですが武士による「強盗」などが多く多発していたようです。

ですので征韓論を唱えて朝鮮に攻め込むことで「日本にいる武士のフラストレーション」を発散させてやろうというのも大きな目的にあったと言われています。

確かに何もしていない武士というのは喜んで朝鮮に攻めこむと言われていましたがそこには落とし穴がありました。

結局歴史を見ても朝鮮に攻め込むことがなかったのですがそれはなぜなのでしょうか?

征韓論の元なぜ朝鮮に攻め込むことができなかったのか?

攻め込まなかった理由は大きく二つあります。

一つ目は武士の話なのですが

先ほどはフラストレーションが抜けると書きましたが武士というのもただ単に戦いたい種族ではないのです。

戦国時代でも「活躍した武士」には「領土」を与えられたり褒美を与えられたりすることが多くありました。

しかし外国に攻め込むという事はそれを自分の領地に出来るわけでもなく簡単にいうと政治的な意見の互いに戦争は起きるわけです。

勝ったとしても自分のものではなく政治的にいう事を利かしたところで武士に有利に働くとは限りません。

また近代の戦争というのはどっかで「愛国心」というのが必要なのですがこの明治初期の政府の「武士」の扱いはひどいものでした。

つまりは愛国心なんていうのは武士にはなかったのです。

結果攻め込むことがなかったのですがおそらく武士は集まらなかったのではないかといわれています。

もう一つの理由は「岩倉具視」や「大久保利通」らの反対というのがありました。

明治初期は近代化に向けて加速していくのにいろいろな意見がありました。

それこそ海外にせめて領土を増やすという考え方の征韓論があったり「岩倉具視」はこのころヨーロッパに視察をして日本が近代化していくというのは戦争を起こすのではなく「産業」を盛んにして自国の力を蓄えるときだという意見もありました。

ここの意見は真っ二つに意見は分かれるのですが結局は征韓論が実施されることもなく日本は自国の近代化に進んでいくという歴史的な流れになるのです。

征韓論実施されて戦争が起きていればどうなっていたか?

征韓論は武力によって朝鮮をせめて日本と同じように近代化を進めていくというのと並行してもう一つ狙いがあったのは欧米諸国との対立もあったんです。

このころは欧米諸国が力を持っていてまたそれに対抗するために日本もまだ近代化されていないアジア諸国に目を付けて言い方を悪く言うと植民地みたいにして後に来るかもしれない欧米諸国との対立の時のために力を蓄えておこうという魂胆があったのです。

もちろん新体制に出来ないと言われていた清(中国)などをあきらめた形になるのです。

では日本の歴史から見てみると後に日本は戦争を起こしてしまいます。

日清戦争・日露戦争はいうなれば外交でのいざこざです。

明治初期のこの時に征韓論を実行して清や朝鮮を味方にしておけばこの二つの戦争は起きなかったのではないかと考えられます。

まぁ歴史のたらればを言うのはなしなのですがあの時ああしていれば、、

なんていうのは各個人でもあるのですから国で見てももちろんあるという事ですね。

最後に

今回は征韓論について紹介してきましたがどうでしたでしょうか?

征韓論は時代背景とともに考えるととても分かりやすくそれに賛同した西郷隆盛や板垣退助らは結局政府に対して戦ってしまいますからね。。